子どもたちへのサービス精神にあふれている
「黒薔薇荘の秘密」（横溝正史）
（「横溝正史少年小説
コレクション⑦南海囚人塔」）柏書房
「黒薔薇荘の秘密」（横溝正史）
（「蠟面博士」）角川文庫
伯父の小田切博士とともに
黒薔薇荘へやってきた富士夫は、
深夜、大時計から
道化師の格好をした男が
部屋に侵入してくるのを
目撃する。
翌日、時計を調べてみると、
後ろの板が外れた。
もしや抜け道があるのではと
富士夫は考え…。
昭和24年に発表された、
横溝正史の短篇ジュヴナイル作品です。
当時の少年向け文芸誌｢少年クラブ｣に
掲載されただけあって、
読者である子どもたちへの
サービス精神にあふれた作品です。
【主要登場人物】
小田切富士夫
…中学二年生。叔父とともに避暑。
小田切博士
…富士夫の叔父。
富士夫と黒薔薇荘を訪れる。
古宮一麿
…黒薔薇荘の主。行方不明。
古宮達子
…一麿の妻。
夫の行方不明を嘆いたあまり失明。
古宮美智子
…一麿の娘。13歳。
柳沢一郎
…弁護士。
黒薔薇荘隣の別荘の持ち主。
本作品の味わいどころ①
主人公の富士夫少年の謎解き
伯父の小田切博士が探偵役かと思えば
そうではありません
(｢博士｣という肩書きは
まったく役に立っていない！)。
怪しい人物と遭遇するのも富士夫、
謎を解くのも富士夫、
本作品は名探偵富士夫少年なのです。
大人が活躍するよりも
少年が活躍した方が
子どもたちへの受けが良いことは、
乱歩の｢少年探偵団｣シリーズで
十分実証済みです。
しかもおなじみの三津木俊介や
御子柴少年をあえて起用せず、
一般人としての富士夫少年を
主役に置いた設定です。
当時の子どもたちは
富士夫少年になりきって
わくわくしながら読んだことでしょう。
本作品の味わいどころ②
殺人を避けながらも
おどろおどろしさを演出
横溝の少年向け作品には、
殺人事件が登場するものも
あるのですが、本作品では
血なまぐさい設定を避けています。
一年前に行方不明になった
黒薔薇荘の主人･古宮子爵も
生きているし、
悪党も人殺しはしません。
本作品の味わいどころ③
子どもの興味を引く設定が
盛りだくさん
黒薔薇荘には
迷路が仕掛けられているという設定、
頬に傷のある怪しい浮浪者の登場、
大時計のからくり、
道化姿の怪しい人影、
背後から嗅がされる睡眠薬、
鏡を使ったトリック、
失われた宝石、
どれもこれも子どもたちが
喜んで飛びつくネタばかりです。
横溝はやはり
サービス精神旺盛なのです。
ただし、その分、設定に不自然さが
目立ってしまうのはご愛敬です。
また細かな部分の謎解きも
省略されています。
なぜ道化師の格好で
現れる必要があるのか？
抜け道を塞ぐ形で鏡を置き、
どうやってそこから脱出したのか？
なぜ紛失したルビーが
そこに堕ちていたのか？
数え上げればきりがありません。
しかも悪党がどうなったかについても
説明されていません。
いいのです。
ただただ富士夫少年が活躍し、
その姿に子どもたちが
自分を重ね合わせることこそが
大切なのです。
私たち大人は、
心を十代にリセットして、
本作品を楽しみましょう。
（2018.8.30）
〔追記〕
2021年12月28日に刊行された柏書房
｢横溝正史少年小説コレクション
⑦南海囚人塔｣にも収録されています。
なんと角川文庫版に収録されている
挿絵は、左右が逆になっているとの
ことでした。
柏書房版は
初出の状態に戻したとのことです。
確認してみると確かにその通りです。
左右が逆でも
それぞれの位置関係は変わらないので
問題なさそうなのですが、
富士夫の台詞
「月の光が右から差し込んでいた」と
完全に矛盾してしまうのです。
角川文庫版を読んだ限りでは
全く気づきませんでした。
こうした些細なこともおろそかにせず、
初出誌その他を吟味して編集し直した
柏書房の、そして編集者･日下三蔵氏の
功績は大きなものがあります。
（2022.1.11）
〔追記〕
角川文庫｢蠟面博士｣が
ついに復刊しました。
内容は同じであるにもかかわらず、
またしても購入してしまいました。
さて、表紙デザインに
変更はあるかと見てみると、
まったく同じように見えて
何かが違う…。
なんとタイトルが
｢蠟面博士｣ではなく
｢蝋面博士｣に変更されています。
仮名遣いを
旧から新へ改めたのでしょうが、
原典無視の姿勢はいかがなものかと
思ってしまいます。
仮名遣いを改めるよりも、
｢横溝正史少年小説コレクション
⑦南海囚人塔｣で
編者･日下三冊子の指摘した、
左右が逆になっている挿絵こそ
訂正すべき問題だと思います
(挿絵はそのままになっていた)。
せっかくの復刊なのですが、
何か残念な気持ちを
拭うことができません。
（2022.10.30）
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